2005年01月17日

阪神淡路大震災から10年。(3)

『おい、2号線ダメだわ。』
西の方に、火柱が見える。

『上回って帰ろうか。』
そういって、別の道に迂回する。

東の方をみると−さっきまで一本だった火柱が、いつのまにか2本に増えていた。
さらに、もっと遠くの方にも、何本か見えた。

心が、痛んだ。



・・・

家に近づくほど、道はまともになってくる。
火事はおろか、建物に傷さえ見当たらない。
いつもと同じ町並み。

(あれ?心配して損した?)

ずっと張り詰めていた糸が、切れた様だった。


家に帰る。

『おかえり〜、大きな地震だったね、大丈夫だった?』

割れたグラスで散らかった台所を、母が片付けている。
妹と父は、今の人形ケースのガラスを片付けていた。

【神戸ではあちこちで火災が発生しており−】

「え? … TVも映ってるの?」
『すぐ、映ったよ。水は出ないけど。』
「そっか…」
『でも出ててよかったわ。じゃないと頭の上にTV落ちてたよ。』

けしてニコヤカにではないが−心配して、という風でも無かった。

「あ、ここ!ここに居たんだよ!」
TVには、さっきまでいた所が、ヘリコプターからの中継で移っていた。

【神戸の震度は7と推定され−】

火事は、さっきよりも明らかに広がっていた。
「友達が心配だから、見てくる!」
私は再び家を飛び出して、現地へ向かった。



・・・・


それから数日、私は毎日新長田に通い詰めた。
友人・バイト仲間の安否確認を毎日した。店を片付けた。
加古川まで行って、スーパーで2リットルのお茶を6本買い、新長田まで運んだ。

初日より二日目、二日目より三日目と、火事はどんどん範囲を広げていった。
2日目だったか、3日目だったか。避難所めぐりをしている時、私の友達の家は、炎に包まれていた。友達の家まで、500m手前で、既にもうそれ以上近づけなかった。

4日目か、5日目か、屋台が出ていた。
タイヤキが、一つで500円した。たこ焼きは800円だったか。

店舗の、みんなの履歴書と、地図を頼りに、みんなを探し回った。
学校も、幾つも回った。学校の中を、くまなく歩いていると誰かが言った。
『そっちには遺体を集めてるよ。』
流石に、そこには近づけなかった。

友達の自宅に向かう。家が無い。いや、どこが道だったのかすら判らない。
ただ、焼け焦げた木屑が散乱しているだけ。まだ、あちこちで−ガス管からは火がでていた。焼け残った柱や、お地蔵様を丁寧に調べる。

稀に、【**学校に避難しています。】という安否情報を書き残しているから。
何人かは、これで生存をしる事が出来た。

なんで−なんで、ガス会社は直にガスを止めなかったのか。
せめてすぐに止めていてくれたら、ここまでは火事は大きく成らなかったのでは。

その後も何度か、そうした話題を聞き、説明を聞いたが、未だに納得は出来ていない。

あちこちの掲示板に、安否情報を書いたメモが何枚も張られていた。
私も、大きな紙に確認できた安否情報を書き込んで、店の入り口に貼り付けた。



・・・



一ヶ月以上たってから、一人が入院したと聞いた。
首が痛い…と思いながら、日常生活を続けていた。
打ち身・鞭打ちにしては治らないので、とうとう医者にいったら、即日緊急入院だった。
骨折していて、もし衝撃を一度でも受けていたら半身不随になっていたらしい。






しおんは、沢山のことを学びました。

人の生と死。

助け合いの心。

人のぬくもり。

絆の深さ。

そして、弱者を喰らう人達。


みんな、それぞれに苦しみました。
今でも苦しんでいる人は大勢います。

10年という月日は、長いようで短かった。
短いようで長かった。

神戸は昔と変わった。そう感じる人は私だけではないと思う。

しかし、新長田で被災し、焼け野原を見て、そして、今の新長田の駅前開発事業をみた人たちは、きっとみな、口をそろえるでしょう。

神戸は、変わった。
posted by しおん♪ at 05:46| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(2) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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